CAVOK通信 第5号

○父の日に思うこと

六月の第三日曜日は「父の日」です。ですが、五月の「母の日」に比べていまひとつ認知されていないような 気がします。そもそもの起源は1909年、ワシントン州スポケーンに住むソノラ・スマート・ドッド氏が、男手一つ で育ててくれた 父にも感謝の日があって良いのではないか考え、父親の誕生月である六月に礼拝をお願 いしたことが始まりだといわれています。

 

「母の日」がアメリカにおいて記念日として制定されたのは意外に早く1914年のことでしたが、「父の日は」お おいに出遅れます。6月の第三日曜日を「父の日」とする大統領告示を発したのは36代大統領のジョンソン 大統領で1966年のことです。そして、アメリカの公式の記念日となったのはさらに新しく、ニクソン大統領が 1972年に宣言したことによるものです。

 

プレゼントに費やされる金額についても格差は大きく、2009年アメリカでの調査結果ですが、父の日向けに 1人が消費する額は平均90.89ドル(当時のレートで約8200円)だったのに対し、母親には123.89ドル(当時 のレートで約1万1200円) だったそうです。


それを反映してか、プレゼントの内容についても大差があり、父の日の定番は仕事用のネクタイですが、母 の日のプレゼントは宝石や花、温泉旅行、レストランでの食事など、豪華になる傾向があったそうです。 にもかかわらず、「父の日」にたいする父親の満足度は相対的に母親のそれよりも高いというから驚きです。


というのも、母親は家事からの解放を期待しているけれども実際はそうはならないという現実があります。 一方で父親は、そもそも「父の日」に期待していないので、ちょっとしたことでもお祝いされるとやたら嬉しい というのがその理由のようです。


こうした事実を突きつけられると、僕も父親としてちょっと複雑な気がします。 世のお父さん方、この現実をどのように考えますか?


参考文献 ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト、2010年6月21日

 

○植物の能力


今年は比較的雨の加減もよく、(これから先は少々心配ですが)先月からこちら、庭木の生育も順調です。 ですが、昨年はかなりひどい目に遭ってしまいました。


猛暑のため、例年になく大量発生したミノムシによって我が家の「ヒメシャラ」の葉は見るも無残に喰われてし まいました。八月末には、まだ若い葉までも落葉し、幹と枝になってしまうありさまでした。


もっと早くに手当てしておけばこんな事にはならなかったかも知れないと、家族一同かなり落胆していました が、十月の半ば頃にふと見ると、丸坊主の枝先からなにやら新芽のようなものがあることに気付きました。普 段ならば、十月の末には落葉してしまう樹種なのに、秋も深まりつつある時期に新芽が出てきたのです。


本来ならば自分の生存のために必要な葉をあえて落とし、敵が去った後に体力を回復させて一気に葉を繁 らせるとは、なんと大胆な作戦でしょうか。


後に聞いた話ですが、植えられた場所から移動できない植物は、自身の生存のために悪化した環境に対応 して自身を変化させることがあるのだそうです。「環境に対して受身でいるだけではなく、すこしばかり自分を 変化させて状況に対応して再生を計る」、僕たちも見習うべき植物の能力かもしれません。


その後、庭のヒメシャラは繁らせた葉を十一月末にはすべて落とし、やがて毎年見られるような冬越しの姿に なりました。そして、現在では例年に増して青々とした葉を繁らせています。


○「監理」と「管理」


どの分野にも業界用語というものがあり、別に珍しくもありませんが、日常的にも聞き覚えがあるのだけど、じ つはかなり隔たりがあるというものが厄介な言葉だと僕は思います。


建築の世界にもそんな言葉はあります。その最たるものの一つが現場でよく聞かれる「管理」と「監理」という 言葉だと思います。どちらも同じ「カンリ」という読みですが、用法はかなり違います。今回はこれらについて ちょっと考察してみたいと思います。


まず「管理」を、一般的な辞書である広辞苑(第四版以下同じ)で調べてみます。すると、『(1)管轄し処理する こと。良い状態を保つように処置すること。とりしきること。「健康―」「品質―」(2)財産の保存・利用・改良を計 ること。→管理行為。(3)事務を経営し、物的設備の維持・管轄をなすこと。』とあります。なるほど、どれも日常 用いる一般的なイメージです。


では「監理」のほうはどうでしょうか。こちらも広辞苑を見てみると『監督・管理すること。とりしまり。』とあります。 何だか説明になっていないような気がします。ならば「監督」を調べてみましょう。


広辞苑では『(1)目をくばって指図したり取り締まったりすること。また、その人・機関。「現場-」「映画-」「草 野球チームの-」(2)プロテスタント教会の聖職。カトリックの司教に当たる。ビショップ。』とあります。(2)の意味は特殊なので触れませんが、(1)の意味はなんとなく解ります。ですが用例に「現場監督」が出てくると、違 いが解らなくなってしまいます。


そこで、建築学会編の建築学用語辞典(岩波書店刊1993年12月6日第一刷)で確認してみます。まず「管理」 は『(1)建物や設備に対して、案内、連絡、運転、監視などのサービスや維持保全などを行う業務。(2)部材の 生産や工事の施工にあたり、正しく効率よく行えるよう、計画、指揮、制御すること。』とあります。前述の「現場 監督」とは、まさに(2)の用法です。


では「監理」も確認してみましょう。すると『発注者の委任を受け、工事が行われている段階で、工事契約の締 結に協力し、設計意図を適正に実現させ、工事が設計図書に合致するかを確認する業務』とあります。実際 は「工事契約の締結に協力する」のは工事前なのでしょうが、さすがに専門分野の辞書だけに説明はより具 体的です。おおむね「映画監督」や「野球チームの監督」といったイメージに合致するような気がします。

(ちなみに併記された英訳は、「管理」は「management;administration」とあり、「監理」は「supervising」とあります)


法律的にはともかく、誤解を恐れずに大まかに言ってしまうと、「管理」は工事現場の運営を体言する言葉、 「監理」は現場に設計の意図や建て主の意思を反映するための行為を表す言葉といえるかもしれません。


※厳密にいうと「監理」と「現場監理」ではまた微妙に意味が異なるのですが、専門的に過ぎるので今回は触れません

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